信頼性あるネット環境の実現に向けて

背景

1990年代から一般に普及してきたネットは、現在では、誰もが生活の一部として利用する重要なインフラになっている。当所、人が情報共有をしたり、ものを交易したり、コミュニケーションをとったり、単純作業を自動化したりといったことがネットに期待されたが、その多くの機能が実現されてきており、また、世界中で多くの人がそれらの機能を利用するに至っている。単純な機能的な側面が一巡してきている現在、全体を俯瞰して、よりよいネットとは何かを模索する時期に来ていると感じる。特に、ネットメディアは、マスメディアとしての対比として、マスメディアの受動的な面と、ネットの能動的な面から、多様性や主体性や自由度ある社会の実現のためのツールとしても期待されてきたが、その観点でみて、現状がどのようなもので、今後の発展がどのようなものであるべきかを考察する。

さて、普段接するネット情報について見回してみると、ネットの情報は玉石混合状態であり、情報のまとまりがなかったり、冗長であったり、誤った情報や悪意のあるデマが多く含まれていたりと、情報に無駄があり、また、情報の信頼性が極めて低い状態である。加えて、人は見たいものを見る性質があるために、視野を広げる可能性のあるネットが、気分の良くなる同じような情報を繰り返しみる行為を加速させ、逆に視野を狭くする現象も多く見受けられる。視野を広げる観点からみて関連する情報の効率的な取捨選択をする仕組みが十分でなく情報の偏りがある状態である。

次に、普段接するネット情報を扱う場について見回してみると、SNSやwikiやBBSなどの普及により情報共有の場は多く登場しているが、荒らしや煽動、誤った情報、悪意のある情報など、現実の場に比べて信頼性があるとは言い難い状態である。また、クラウドシステムを用いたビジネス解決ソリューションもたくさん登場してきたものの、一個人対組織という極めて不利な交渉の構図であり、また、各サービスの競争力や付加価値を乗せるような体系的な仕組みもなく、また、そのサービスの質や相手の信用性を担保する手段もないため、ビジネスプラットフォームとしては信用力が低く、常に価格崩壊の危機に晒されている状態である。

このように、ざっと考察すると、ネットメディアの信頼性が不十分であることがわかる。従来型のメディアであるマスメディアや専門書やマンツーマンのビジネスと比べてみても、個別はさておき、総体としてははるかに信頼性が劣っていることはいえるだろう。これらを鑑みて、ネットメディアの信頼性を向上させることが必要であり、ネットメディアの信頼性を向上させるには、1) 情報に無駄がないこと、2) 情報に偽りのないこと、3) 必要な人に必要な情報が届くこと、4) 必要な情報を共有・交換する信頼性のある場が存在すること、5) 取得した情報を元に高付加価値の事業を乗せること、が必要であると考える。

さて、情報の確定性や情報量を表す尺度として、エントロピーがある。情報が冗長であったり、偽りの情報が混入していれば、その情報は不確定的なものとなったり、情報量が増したりし、エントロピーを増大させる。また、前提知識のない人に対する情報は、それが如何に有益なものであっても理解不能なものであり、単なるノイズにしかならなく、一方で、既に十分に知っている情報は必要なものではないため、どちらにせよ、必要な人に届いていない情報は不確定なものであり、エントロピーを増大させる。また、コミュニケーションを伴なう場において、誤認をしたり、悪意のある煽動をする人がいれば、その場全体にデマが拡散されて、場のエントロピーを増大させる。エントロピーが高い状態というのは極めて信頼性に欠く状態であり、また、ビジネスにおける付加価値は信用と相関が高いため、ビジネスに不適切な虚偽情報や不正な情報が混入された場合に、その系全体のエントロピーが増大し、ビジネスの価値が大きく毀損する。このように、系において、エントロピーを減少させることが、ネットメディアの信頼性につながり、ひいては、情報の無駄をなくす、情報の偽りをなくす、必要な人に必要な情報を届ける、必要な情報を共有・交換する信頼性のある場をつくる、取得した情報を元に高付加価値の事業を乗せる、といったことに繋がると考えられる。

目的・手段

本稿では、ネットメディアの信頼性向上のために、エントロピーを減少させるという大指針に基づき、有効な施策を考察することを目的とする。

信頼性のあるネットメディアとは、

  • 情報に無駄がないこと
  • 情報に偽りのないこと
  • 必要な人に必要な情報が届くこと
  • 必要な情報を共有・交換する信頼性のある場が存在すること
  • 取得した情報を元に高付加価値の事業を乗せること

とし、

信頼性のあるネットメディアにおけるエントロピーを縮小させる手段として、

  • 情報の体系化と圧縮
  • 情報の信頼性の担保
  • 情報の効率的な取捨選択
  • 信頼性ある場の構築
  • 商取引の信用力の担保

の観点から施策を考察する。

各論

情報の体系化と圧縮

ネットメディアにおける情報とは、プログラムとデータである。これについて体系的に考えた時に、プログラムコードの構成管理情報、時間変分を含む管理データ群が、管理すべき対象である情報ということになろう。まずプログラムコードのエントロピー減少について考察する。多数のプロジェクトの情報を集約して管理することを考えた場合に、プログラム間やプログラムを構成するモジュール間で多種多様な冗長性が発生する。通常、重なり部分が非常に大きい場合、リファクタリングなどをして、共通化可能な部分を抽出して共有化する。リファクタリングとは、同等の機能を各モジュール間の共有部分を共通化して情報量を減らすプロセスであるため、情報エントロピーを減少させるプロセスであるといえる。

このような共通化を阻害する要因としては、プログラミング言語の差異、フレームワークの差異、コーディング・ガイドラインの差異、インターフェースの差異、高速化・軽量化のためのチューニングといったものがある。これらの共通化を阻害する差異情報をプラットフォーム依存コードとした時に、この差異情報に非依存な、プラットフォーム非依存コードに直交する形で分離をして、その分離した情報を合成して、元のプログラムに戻すことが可能な変換が定義できる場合、リファクタリングの範疇を超えて共通化可能となる。このような合成を可能とする技術として、MDA(Model Driven Architechure)や高位合成があげられるが、この技術は静的変換も可能なため、人手でやるタイプの高速化・軽量化に関しても有効な技術であり、この技術を応用することにより、コードレベルのエントロピー減少は十分に可能であると考えられる。

通常、プログラムは言語であるため、複雑なstatement, expressionのネスト構造で表されるが、時間軸におけるプログラムの構成差分管理をする際に、ある程度正規化した構造にすることが望ましい。プログラミングのスタイルとしてよく知られたOOA/OOD(Object Oriented Analysis / Object Oriented Design)は、データ構造のネスト構造をフラット化する。モデルの構成要素の追加・更新・削除といった編集処理を、作用素にて一般化して表した場合、関数積により編集情報を表現することが可能であるが、さらに、データ構造をフラット化することで、ヒルベルト空間により一般化可能な空間を定義することができる。これにより演算的にシステムの変更差分を管理することができるようになり、作用素を用いた演算的な写像変換により、時間差分の管理が容易となる。関数積の可換性や等価性により、有限個の等価変換が定義できるため、時間軸方向の情報量の圧縮が可能となる。

次に、時間変分追跡可能なデータ群とその情報量圧縮に関して考察する。データの時間変分を追跡する時区間においてデータ・フォーマットやモデル形式が変更された場合に、通常、リビジョン番号を振り、フォーマット・コンバータを作るなどしてシステム移行に対応するが、モデル更新が頻繁で、扱うデータ量が膨大な場合、このコンバータの管理も含めて組み合わせ総数が非常に多くなり、情報エントロピーが増大する。このプログラムのモデルとデータの管理は、両者の差分情報と同期情報を管理していれば、データと、モデルを構成する作用素の演算により自動化することが可能であり、このデータ管理における情報エントロピーを減少させることが可能である。加えて、データの変更差分もモデルと同様に作用素の関数積で表すことが可能である。プログラム情報とデータ情報の間における冗長性が生じないようにするには、データ情報の差分管理にはモデル情報が含まれないことが望ましく、データ管理には、書き込みをしたメモリアドレスを記録するような単純化した変換を定義する方法がエントロピー減少に効果がある。

データ群の演算を表す数式もデータであるとした場合に、データ群に数式を適用する際に実行される演算もまたデータと考えることができる。このように式とデータを一体化して考えるのはLISPのような言語にみられる特徴であるが、このような演算もデータとした時の情報量とは全サーバーにおけるCPUプロファイルと考えることができる。ビッグデータ解析のCPUプロファイルにおいては、巨大なデータ群に対する演算の比重が多く、この情報エントロピーを最小化することは、すなわち、巨大なデータ列に対するベクトル演算をキャッシュして再利用するような操作であるといえる。この種のエントロピーを減らすためには、重い演算を抽出して、トランザクション間で共通化することが効果がある。極めて大きなデータに対する演算は多数のサーバを跨るため、サーバ間で数式を含んだ演算キャッシュを共有する必要がある。また、重い演算として代表的なものは、積分、特殊関数、データ列に対する演算であり、このような数式を演算キャッシュにアクセスする際に指定できる必要がある。

また、異種のプログラム間の情報共有が可能となれば、デザインや他のサービスのデータを共有することができるため、時間と紐付けられたデータの共有方式を標準化することや、一般化した形式でドキュメントを標準化することも望ましい。時間軸と紐付けられたアセット群に対する規格草稿であるOpen Scheduleや、正規化したドキュメント規格草稿であるOpen Noteなど、標準化構想を進めることで、この手のユースケースにおけるエントロピーを減少させることが可能になる。また、一定の形でドキュメントを正規化することで、ドキュメント間の類似性のチェックもシステマティックに行うことができるため、ドキュメントを参照する人のアナロジーに応じてドキュメントの検索を最適化するようなエントロピーを減少させるアルゴリズムの導入が容易になる。

本項では、プログラム・コードの情報量圧縮、時間変分追跡可能なデータ群とその情報量圧縮についての概要をエントロピーを縮小させるという観点から説明した。また、時間変分あるアセット群に対する規格草稿であるOpen Scheduleや、正規化したドキュメント規格草稿であるOpen Noteについて、エントロピーを縮小させる観点における意義を説明した。

情報の信頼性の担保

情報の信頼性の担保の手段として、認証による正確性の担保、権利関係の明確化、偽装行為やデマの排除、の3つの観点から論じる。まず、認証による正確性の担保について述べる。昨今のネットの経緯をみると、匿名のBBS、匿名と実名の入り混じったSNS、実名のfacebookというように、実名を出すか出さないかという差異があるが、実名であっても、そこに記述されている個人情報の正確性の担保はあまりされていない。twitterのような認証アカウントであっても、そのアカウントが本人であるという正確性のみを担保するものであって、そこに記述されているプロフィール情報が正しいかどうかまでは担保されていない。実社会における知人であれば、本人確認できれば、多くの先見情報と紐付けて解釈できるため、情報の確実性が向上するが、全く見知らぬ人の場合、実名の公開は関連する情報を検索する上での手掛かりになるだけであり、必ずしも実名が情報の確実性を上げるとは限らない。

例えば、実名であって弁護士とかどこかの会社役員と名乗っていても実際に弁護士の資格を持っていたり、その会社の役員であることが確定的でない場合、そのプロフィール情報の信頼性は低い。逆に、名前を出していなくても、その人が何かしらの専門職でキャリアを積んでいるという情報が正確であることが保証されている場合、その分野における前提知識を持っているということはわかるため、確認の手間が省けて、コミュニケーションにおけるエントロピーも減少する。

見知らぬ人と関わる時に知りたい情報としては、「~である」という情報ではなく、「~でない」という種類の情報も多い。例えば、「トラブルを起こしていない」「反社会的組織の人間でない」「テロリストでない」という種類の情報である。「~でない」という情報は一般に保証が難しく、実社会においては知りうる情報より信頼に足るかどうかという情報を集めて、確率的な判断することが多い。 また、プライバシー保護の観点からは情報の可視性を本人が制御できることが望ましいが、公開基準に恣意性があると、信頼に足るかどうかの判断基準としては不適切なものとなりうる。

このように考えていくと、何かしらのグループに参加する際に、正しいことが比較的容易に検証でき、かつ、そのグループにおける活動における適性を判断する際に有効とみられる尺度もしくは個人情報をグループ内に公開することを必須とするような運用が望ましいと考えられる。 このような個人情報の正確性を担保する規格として、Open Profileという規格草稿を書いている。Open Profileでは公的な認証機関などにより情報の正確性を担保することを図っている。これも情報エントロピーを減少させるのに有効であろう。

次に、権利関係の明確化について述べる。昨今、ぱくりなど著作権違反など、知的財産権法を守らない行為が一部の業界において常態化しているケースが確認されているが、これは世の中に無料のコンテンツが溢れて、コンテンツにお金を払う意識が低下していることと関係があるだろう。まず、よいものを作るにはお金がかかるという意識を広く認識させることが重要であり、また、有償コンテンツは有償であることがわかるようなしるしを付けておくことがその認知において重要であり、加えて、悪質な知的財産権法違反に対しては法的証拠を掴み摘発するという仕組みつくりも重要であると考える。

しばし暗号化などによって権利を守ろうという動きが試みられては失敗する動きがあるが、技術的なプロテクトをいれることよりも、コンテンツ内に権利情報を埋め込み、それが有償コンテンツであることを可視化し、有償コンテンツであることを認識させ、また、その動きを追跡できるほうが権利関係の明確化において効果的な施策だと考える。また、その知的財産の利用に際してきちんと対価が支払われるよう、対価を支払うための情報もコンテンツに埋め込むことで、コピーされたコンテンツが流通しても、その利用に際して課金などの形で対価が支払われることが望ましいと考える。

次に、偽装行為やデマの排除について述べる。知的財産権を主張しているコンテンツに関して、権利者や権利関係を偽るような冒認や詐欺などの行為を排除し、不正な著作物の混入を防ぐ必要がある。特に2次著作物、3次著作物というように派生していく著作物に関して、不正な著作物が含まれていた場合に、被害が他の著作物にまで波及する、極めて高エントロピーな状態になるからである。

偽装行為やデマを予防するには、そのような犯罪行為をするような人をブラックリストに入れて排除すること、犯罪行為が起きにくい環境作りをすること、偽装によるペナルティが偽装により得られるインセンティブの期待値よりはるかに大きなものにすること、ペナルティが大きいことを認知させること、など積極的な対応策がある。また、そもそも偽装行為がされないように、製作過程を記録すること、権利関係を正しく可視化すること、事実関係を整理することにより、偽装やデマがすぐに発覚するような環境作りも効果があるだろう。前者の積極的な対応策については、「信頼性ある場の構築」にて後述するとして、後者の、情報の記録、可視化、整理による偽装行為やデマの予防について、もう少し説明しよう。

権利関係を可視化・明確化する標準規格として、Open Right、Open Lightsという規格草稿を書いている。Open Rightでは知的財産権の可視化・明確化を目的とし、Open Lightsでは知的アセットに対する対価を算出するための尺度の可視化・明確化を目的としている。これも不正なコピーが流通したり、2次著作物を製作する際に、不正なコピーが紛れ込むことを防止し、エントロピーを減少させるのに有効となるだろう。

本項では、認証による正確性の担保、権利関係の明確化、偽装行為やデマの排除についてエントロピーを縮小させるという観点から説明した。また、個人情報の正確性を担保する規格草稿としてのOpen Profile、権利関係を明確化する規格草稿としてのOpen RightやOpen Lightsについて、エントロピーを縮小させるという観点での意義を説明した。

効率的な情報の取捨選択

効率的な情報の取捨選択の手段として、適切なクラスターの選択、クラスターに対する荒らしや煽動などの判別、規格化したオープンデータの解析に基づく情報の取捨選択の3つの観点から論じる。

まず、適切なクラスターを選択する手段について述べる。SNSの繋がりでは、「6次の隔たり」の話が有名で、6人を介すれば世界中の人と繋がるということが言われる。6次の隔たりを媒介する人は関連ノードの多い人であり、話題の豊富な人である。情報空間における人とは情報であり、あるコンテキストの情報を共有する人の集まりがクラスターであるとしたとき、クラスター間を効率的に橋渡しすることができれば、極めて少ない回数で最も適合するコンテキストの情報を得ることができるといえよう。捜し求めたクラスターが低エントロピーなコミュニケーションが可能な場であれば、有益な情報が効率的に得られることであろう。

クラスター間を効率的に橋渡しすることとは、適切な話題を振り、相手に必要な情報を絞り込んでいくことである。このような目的で、M/K判定法というものを考案している。M/K判定法とは、抽象度の高い話、ハイコンテキストの話、一般化された話のように、聞き手の視点の高低、立場の違い、好き嫌い、知識の差によって解釈が変わる文章によって、適切なクラスターを選択的・統計的に分岐して絞り込んでいく手法である。具体的には、M/K判定法による、context非合致の言説の判別フィルタを搭載したBOTなどにより、適切な橋渡しをすることを考えているが、これにより、ある場に合わない人を、適切な場に誘導することができ、クラスターの適合による情報エントロピーの減少が期待できるであろう。

次に、荒らしや煽動などを判別する手段について述べる。先に、場に不適切な人を適切な場に誘導する方法について述べたが、意図的・意識的に不適切な発言を連発するような人には、適切なクラスターへの誘導はあまり効果がないだろう。制御理論的な見方をすると、不適切発言を連発し、その不適切発言を抑制するような措置が全く有効でなく、不適切発言の割合に関する時間変化が発散していたり、不適切発言が高い割合で安定していたりする人が、荒らしというように定義できるだろう。このような荒らしに関するメトリクスとしてM/K収束性というものを定義することで、荒らしを判別することができる。煽動は、感染性のある荒らしで、コンテキストに合った言説までも、不快感のあるレッテル貼りや罵倒をするなどして、その場におけるコンテキストにあった言説までも感染的に不快なものとするような行為である。

このような荒らしや煽動などに繋がる言説を機械的に判別することが出来れば、まず、そのメトリクスを荒らしや煽動者にその行為を認識させることができ、それを通知された側に何かしらのフィードバックがかかる。悪意のないものであれば、その時点で発言の不適切性を認知し、不適切な言説が抑制され、エントロピーは減少するだろう。また、このフィードバックがかかっても、不適切な言動が続いたり、より悪化したりした場合、M/K収束性が発散し、荒らしや煽動であると認知できるため、場の中で注意喚起情報として共有し、荒らしや煽動と判断できる人に関してフィルターをかけることができれば、エントロピーを減少させることができるだろう。

次に、オープンデータの解析に基づく情報の取捨選択について述べる。データの類似性や方向性に関しては、データ群を一定の形式で正規化をし、データを構成するtoken列等により多角的なメトリクスを抽出し、ベクトル解析等により比較的容易に検出することができると考えられる。矛盾・誤りの類に関しては、定型化することにより機械的に検出することができるものもある。こういった補助ツールはエントロピーを減少させることに役に立つだろう。また、専門家をはじめとした多くの目に晒されることにより始めて検出される矛盾・誤りもある。多くの目に晒されるというのは多角的な視点、網羅的な考察をされることであるが、エントロピーが減少する場において多角的な検証がなされる場合、矛盾・誤りは解消する方向に作用する。逆に言えば、エントロピーを減少させる場を形成ができれば、オープンデータは矛盾・誤りを効率的に除去するのに役に立ち、ひいては、効率的な情報の取捨選択を可能とすることだろう。

本項では、適切なクラスターの選択、クラスターに対する荒らしや煽動などの判別、規格化したオープンデータの解析に基づく情報の取捨選択についてエントロピーを縮小させるという観点での意義を説明した。また、適切なクラスターの選択のための手法としての、M/K判定法による、context非合致の言説の判別フィルタ、クラスターに対する荒らしや煽動などの判別のための手法としての、M/K収束性判定法による、group contextとuser contextの時間相関の収束性を判断基準としたgroup適性判定法について、エントロピーを縮小させるという観点での意義を説明した。

信頼性ある場の構築

信頼性ある場とは、積極的な視点からみたときは、適切な相手とのコミュニケーションが可能な場であり、消極的な視点からみたときは、偽装行為やデマの存在しない場であり、法令や契約を互いに遵守する場であろう。

まず、積極的な視点について説明する。前節に示したような、効率的な情報の取捨選択を進めていけば、適切な相手とのコミュニケーションが可能な場の構築は可能であると考えられる。このような場の取捨選択をシステムとしてするための規格としてOpen Groupというアクセス権設定可能なグループ・ネットワーク構想の草稿を書いている。これもエントロピーを減少させるのに効果があるだろう。

次に、消極的な視点について説明する。ルールを守らなかったり、デマを拡散したり、場を感情的なものにしたり、といった行為は、場におけるエントロピーを極めて増大させるため、場の機能性を維持するには、そのような行為を排除もしくは抑制する必要がある。確信犯的なプロの犯罪者、衝動的・感情的に犯罪行為を犯すような危険人物、そういう犯罪行為を増長させるような扇動者といった人たちが、入ってきにくくしたり、活動しにくくしたり、また、そういう人物を特定しやすくしたり、といったことがエントロピーを減少させる。具体的な施策としては、そのような犯罪行為を常習的にするような人を、ブラックリストに入れて排除すること、犯罪行為が起きにくい環境作りをすること、偽装によるペナルティが偽装により得られるインセンティブの期待値よりはるかに大きなものにすること、ペナルティが大きいことを認知させること、などが考えられるが、これらについて以下説明する。

ブラックリストに入れて排除する方法としては、他のクラスターや自クラスターにおけるM/K収束性のK値のうち、特に危険因子と思われるメトリクスをクラスターにおける参加資格として共有し、これをフィルタリング情報として用いるものが考えられる。適切なフィルターが存在すれば、K値を増大させる行動の抑止力にもなり、場におけるエントロピーは減少するだろう。

犯罪行為が起きにくい環境作りをする方法としては、予め場において利用可能なtokenに制限を加えたり、感情的なtokenに対応するワクチンとなる用語を定義するなどの、token基底変換による感情表現空間の制限が考えられる。場における本題と関係のない感情的な言説が溢れている状態というのは、煽動の起きやすく感情的な言説が周囲に感染しやすい極めて危険度の高い場であり、エントロピーが高い状態である。これを抑制するようなワクチンとなるようなtokenの定義は場におけるエントロピーを減少させる。

偽装によるペナルティが、偽装により得られるインセンティブの期待値よりはるかに大きなものにすることを考える。偽装行為は二次著作物などにも問題が波及していくため、偽装による被害は大きく、また、このような偽装行為をするような者がその損害賠償責任を負う十分な資力がない可能性もあり、悪質なルール違反に対して、刑事的もしくは民事的な対応も辞さない態度を示すことが必要であると考えられる。一般に、治安の良くない場所における犯罪防止のコストは非常に高くつき、そのような治安の悪化が起きないようにするためにも、犯罪を起こすような者にとって極めて居心地の悪いものとする必要がある。犯罪者にとって居心地が悪い場所とは、犯罪に対する、罰金、損害賠償請求、懲役などのリスクが高い場である。そのような場を作る施策としては、契約上、ルール上、偽装行為に対するペナルティを決めておくことが、偽装行為の抑制に働き、エントロピーを減少させるだろう。

ペナルティが大きいことを認知させるには、刑事上の構成要件や、民法上の構成要件を満たし得るような行動や言動を、的確に検出して、問題があることを通知するもしくは認識させることが有効であろう。特に、損得を考えずに犯罪を犯すような愉快犯や衝動犯などに対しても、十分な犯罪の抑止力を持つには、犯罪に対するペナルティを強く意識させる必要がある。ペナルティが大きいことを認知することにより、問題行動が抑制されるようなフィードバックが働くのならば、犯罪が事前に抑止されることで場のエントロピーが減少するだろう。また、逆にそれにより問題行動が悪化するような相手であれば、問題ある人物の早期の発見に役に立ち、リスク要因の減少という意味でエントロピー減少に繋がる。犯罪を起こしそうな者に対して効率的にペナルティを通知する手段や認知・認識させる手段として、文脈依存型ワクチンという手法を開発している。これも、犯罪を自発的に抑止する効果があり、時間をかけて場におけるエントロピーを減少させることに繋がるだろう。

本項では、信頼性ある場の構築について、効率的な情報の取捨選択を進めていくという積極的な方法と、ブラックリストに入れて排除する、犯罪行為が起きにくい環境作りをする、偽装によるペナルティが、偽装により得られるインセンティブの期待値よりはるかに大きなものにする、ペナルティが大きいことを認知させる、という消極的な方法について、エントロピーを減少させるという観点から述べた。

商取引の信頼性の担保

次に商取引が円滑に進むような場の形成について述べる。

まず、昨今の経済を俯瞰すると、あらゆる経済活動に、ブランド、設計図、デザイン、プログラム、ウェブ、ドキュメントといった情報が結びついており、経済に対する情報の比重が極めて大きいことがわかる。例えば、高級ブランドの原材料費の比重は、ブランド品の価格に比べて、極めて小さくなっている。世界的に人口が増大している現在の状況下において、地球の資源には上限があることから原材料の使用量にも上限があり、資源の浪費は抑制される方向に進んでいくと予想される。その一方で資本主義社会の宿命として、世界的に経済成長が続いている。このことから、一人当たりの資源の使用量はあまり増えないか抑制される方向に働き、情報の経済に対する比重は長期的に見て、今後とも高くなると予想されよう。このような、情報中心の社会において、著作権、意匠、特許、ノウハウなどの知的財産を守るということは、世界経済の秩序ある発展を目指すためにも重要であろう。ただし、知的財産は知的財産が組み合わさることにより新たな価値を生むという側面があることから、権利を独占的に主張し過ぎると、その知的な経済発展を阻害することになるだろう。このような知的財産の特性と、世界情勢と知財戦略を見据えて、経済的な権利を主張しつつ権利の利用を促進するという、Coop Lightsというライセンスの提案をしている。これは、知的財産の融合による新しい経済的価値を生み出すことを促進するために提案したライセンスであり、知的貢献に対して、インセンティブが発生するよう設計されたライセンスである。

Coop Lightsの重要な機能は、1) 知財の使用権の交換性、2) 提供した知財に対する知的貢献の尺度の可視性、3) 2次著作物の貢献に応じた対価の分配性、4) 蓄積された知的貢献に応じた対価の分配および貢献量の減価、の4つから成る。以下、それぞれについて説明していく。

1つ目の、知財の使用権の交換性について説明する。昨今、高度に情報化が進み、商品やサービスも複雑化しており、何かしらの商品をつくるのに極めて多くの知的財産が必要とされている。人一人の時間が有限であり、思考できる量にも上限があることを考えると、高度な情報化により扱う情報量が増えるということは、一つの製品をつくるのにより多くの協業や協調体制にて複雑な製品を開発しなければならない状況が増えることを意味するだろう。その際に、知的財産をお互いに使わせあうような協業がスムーズに行えるようと考案しているのがこの交換性である。交換をスムーズにする方法として、契約の定型化やシステム化が挙げられるが、これは権利関係を解決する手間を格段に減らし、権利関係のエントロピーを減少させることに寄与するだろう。

2つ目の、提供した知財に対する知的貢献の尺度の可視性について説明する。他者に使わせた知的財産の使用権をポイントのような数値で定量化することで知的貢献を可視化する。このような可視化は、正しい対価を算定する基準として有用で、金銭的なトラブルや、権利関係のトラブルの軽減に役に立ち、ビジネス関係におけるエントロピーの減少に寄与するだろう。

3つ目の、2次著作物の貢献に応じた対価の分配性について説明する。これは、フェア・ユースの3つの要素(「抜粋の性質と目的」、「利用された部分の量と価値」、「原作品の売り上げの阻害、利益の減少、または目的の無意味化の度合い」)を考慮した形で、計測可能なメトリクスより、妥当な相対的な知的貢献量を算出し、その知的貢献量に応じてインセンティブを発生させる仕組みにより、1次著作物と2次著作物間の適切な対価を発生させるものである。なお、量的な尺度としてはエントロピー符号化のようなコンパクトな空間における正味の情報量や、ライセンス使用量を重視するが、前者は既存の類似品でなく新規の知的な貢献を優先的に評価するための尺度であり、後者は使用された数によりどれだけの人に知的な影響を与えたかということを評価するための尺度である。これは全世界の人類のニューロン数に換算してどの程度の知的な影響を与えたかを測る尺度であるともいえる。このような社会へのインパクトがわかりやすい尺度の指針により経済的な価値を換算することで、インセンティブ分配に役に立ち、価値評価における確からしさを向上させ、市場におけるエントロピーを減少させることだろう。

4つ目の、蓄積された知的貢献に応じた対価の分配および貢献量の減価について説明する。通常、知的財産は市場に出てから急速に減価するものであり、また、多くの知的財産には旬というものがあり、知財が価値あるうちに経済活動に利用したほうがよい。ストックされている知的アセットの使用権の市場価値の低下にあわせて、その使用権を経済活動で運用することで、効率的に対価を稼ぐことができるようになると考えることができる。そして、このように効率的に稼いだお金を、使用権の所有量に応じて対価として払い、その使用権を減少させていくことにより、無駄に知的アセットの使用権が蓄積されるような状況を防げると考えられる。また、使用権のストック量を運用の際の発言権として運用することで、昔活躍した人の発言権が次第に減少していくような構造になり、現役で活躍している人たちの声が反映される運用になるものと考えられる。Coop Lightsにおいて知的アセットの使用権とは、貢献量でもあり、蓄積された知的貢献に応じた対価の分配および貢献量の減価という機能性により、市場にあった適切な運用ができるようになるものと考えられる。

まとめ

本論文では、信頼性のあるネットメディアとは、

  • 1) 情報に無駄がないこと、
  • 2) 情報に偽りのないこと、
  • 3) 必要な人に必要な情報が届くこと、
  • 4) 必要な情報を共有・交換する信頼性のある場が存在すること、
  • 5) 取得した情報を元に高付加価値の事業を乗せること、とし、これらを実現する手段としてエントロピーを減少させることが重要であることを説明した。